おとたん

紅茶もお菓子も出せませんが

こんなことなら披露宴なんかするんじゃなかった

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転載 百年の恋も冷めた瞬間 Open 9年目

7:名無しさん@おーぷん:19/08/27(火)13:31:18 id:UnH
百年の恋冷めと修羅場を足したような話だけど。

遠距離恋愛で首都圏から地方の県庁所在地でもない田舎町に嫁いだ時、
その辺りでは同居がデフォだったんだが、せめて子供ができるまではと
その地域では少ないマンションに空きがあったこともあって、しばらく別居させてもらっていた。

新婚2ヶ月を過ぎた頃、夕方お風呂の用意をしようとバススリッパに足を入れた途端に
滑って片足だけズズッと向こうに行って(いわゆる股裂き状態)派手に転んだ時に
お風呂と洗面所の境目の敷居で腕を強打した。

身体が横になってて、腕を身体で勢いよく押しつぶした?ような感じ。
自分で折れたのが分かった。

1㍉動いても激痛が走るなかでどうにか仰向けになったが、そこから全く動けない。
ヘタに動いて神経を傷付けたらって思うとそれが怖くて動けなかった。

当然携帯電話もそばにないし、換気口を通して誰か気付いてくれないかと
助けを呼んでも無駄だった。

旦那(“元”は省略)が帰ってくるのはいつも7時過ぎだからそれまでの我慢と思って耐えた。
冬だったからすぐに真っ暗になって、ようやく旦那が帰ってきた。
いつもピンポンが鳴ってから私が玄関の鍵を開けて迎えてたから(鍵は持ってる)
「自分で入って~」って声掛けても、もう疲れて辛くて大きな声が出なくて届かなかった。

3度目ぐらいには激しくピンポン鳴らされて、それから鍵開けて入ってきたんだけど
「なんだよー専業主婦の分際でどこ遊び歩いてやがんだ、クソがっ!」って言葉が聞こえて
この時点ではまだ気付いてないから仕方ないのかも知れないけど
それまでこういう言葉を使う人じゃないと思ってたからちょっとショックだった。

で、洗面所に来て電気を付けて私に気付き、一瞬ビクッとなったあと大爆笑。
「なにそんなとこで寝てんだよー」って。
「ごめん・・・折れてると思う・・・救急車呼んでくれる?」って言ったら
漸く事態を把握して慌てて救急車呼んでくれた。

やっぱり上腕部が折れてたんだけど、入院はなしで自宅療養。

その後義父母から「最初から同居してれば良かったのに我儘言うから」と責められた。

新婚のうちは別居したいってのは旦那の希望だったし、私はいずれ同居しなきゃいけないなら
最初から同居の方がいいって言ってたのに、旦那は「だよなー」とか言ってんの。

玄関での悪態と、風呂場で倒れてる妻を見て爆笑したことが頭からずっと離れなくて
それに加えてこの調子の良さに「なんでこの人を好きだったんだろう?」って分かんなくなって

「利き腕骨折して家事出来ないし、私は実家で養生するから
旦那君はしばらく実家で暮らしてください」と言ったらあっさり了解した。

「家事なんか最低限でいいんだし、俺も手伝うから」と言ってくれたら又違ってたかも知れない。

私は実家にもどり、そのまま戻ってこなかった。

離婚を切り出したのは、実家に戻ってじっくり自分の気持ちに向き合って
それでもやっぱりあの爆笑と共に愛情も消えたと思い、半月ぐらい経ってから。
旦那も義父母もさかんに言ってたのは「こんなことなら披露宴なんかするんじゃなかった」って。

恥ずかしい恥ずかしいってそればっか。

たった3ヶ月弱の短い結婚生活だったけど、親にはすごい迷惑かけたなと思って申し訳なかった。

あれから8年経って、再婚して漸く孫の顔を見せる事も出来て
やっと肩の荷が下りた気分。

8 :名無しさん@おーぷん :19/08/27(火)15:15:41 id:Da0
>>7
本性っていざという場でないとなかなか見えないもんだよね

でも、子供ができる前に発覚してよかった
だからこそ今そのかわいい子供に会えたわけだし、無神経な前旦那や糞トメだったら子供を傷つける存在になっただろうし…
いまの家族と仲良くねー

9 :名無しさん@おーぷん :19/08/27(火)21:55:44 id:Q29
>>7
うん。幸せになりなよ。

10 :名無しさん@おーぷん :19/08/28(水)03:48:47 id:uMv
披露宴で思い出したけど、私もかなり盛大な披露宴してもらったっけなー。

というか費用は両家の呼びたい人数分を両家でおのおの負担なんだけど。
会場であるホテルのブライダルフェア(式の1年前~もちろん3人で行く)でアレもコレもと
ぶっこんでくる。私と彼はそれを最低限になるようにコッソリ削っていく。

唐草模様の風呂敷でくるんだ、一昔前の夜逃げの荷物みたいな量になった引き出物を本決まりに
しないで下さいとプランナーさんに耳打ち。花嫁は会場に合計何分居られるの?と聞きたくなる
お約束の化粧直し回数。趣味の違うドレスと着る予定は全くない和装。もちろん無しで。

ビデオ撮影、集合写真のバリエーション、入場にケーキに料理にと、オプション付けまくってくれた。
私も若かったので後半疲れて言われるがまま、式って両家の親のものでもあるしな~と思考停止。

結果、平成も半ばだと言うのにどこの昭和の式場ですか?みたいなプランに。

こっ恥ずかしくてハッキリ書けないけど昭和にこんな演出あったわってジジババが懐かしむような。
>>7さんの旦那君じゃないけど、徐々に物言いが変化して義実家寄りになっていく旦那。
数年経って、義父の介護をお願いされて断ると同時に離婚を切り出した。子供もできなかったしね。

部屋を出ていく前日「介護なんて施設に任せれば良いんだからなんとでもなるのに」って義母に言われた。
義父の介護を旦那に打診したのはアナタでしょ?って言いたかった。こらえたけど。
もうどうでも良かったし。あれは最後っ屁発言だったのかな。

あんなに豪勢な披露宴したのも、豪盛にやれば逃げ出しづらいだろうという思惑が
あったんじゃないかと今なら思うわけですよ。

書類提出だけも味気ないしなあ。